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東京高等裁判所 昭和52年(行ス)6号 決定

抗告人 社会福祉法人恩賜財団済生会

主文

本件抗告を却下する。

理由

抗告申立の趣旨及び理由は、別紙記載の通りである。

労働組合法第二十七条第八項の規定に則り、受訴裁判所が当該労働委員会の申立により発した所謂緊急命令に対して、使用者は抗告を申立てる事が出来ないものと解されているが、それは労働組合法上かかる緊急命令に対して抗告権を認めた規定がなく、受訴裁判所は、当事者の申立により又は職権で一旦発した緊急命令を取消変更することが出来るので、特に抗告の申立を認める必要がないからである。

ところで、本件におけるごとく、使用者がなした緊急命令取消の申立を却下した決定に対しても、抗告を申立てる事が出来ないものと解すべきである。蓋し、この場合に抗告申立を認めれば、緊急命令に対して抗告を認めるのと同一の結果になるからである(本件においても抗告人は緊急命令の違憲、違法を主張している。)。

よつて。本件抗告は不適法であるからこれを却下する事として、主文の通り決定する。

(裁判官 高津環 横山長 三井哲夫)

(別紙)

抗告の趣旨

原決定を取消す。

東京地方裁判所が昭和五二年(行ク)第七号緊急命令申立事件につき、同年二月二二日付でなした緊急命令を取消す。

旨の裁判を求める。

抗告の理由

一 原決定に至る経過

(一) 申立外全済生会労働組合中央病院支部は、抗告申立人を相手どり、被申立人東京都地方労働委員会に不当労働行為救済申立を行い、同委員会昭和五一年(不)第八一号事件として審査されたところ同年一一月一六日付救済命令が発せられた。

(二) 抗告申立人は、右救済命令が明らかに違法な内容の命令であるので、被申立人を相手どり東京地方裁判所に救済命令取消の行政訴訟を提起し、現在同庁昭和五一年(行ウ)第二〇六号事件として係属中である。

(三) 而して東京地方裁判所は、右救済命令に関し、東京都地方労働委員会よりの申立に基き、昭和五二年二月二二日付を以て同年(行ク)第七号事件の緊急命令を発した。(主文左記の通り)

主文

被申立人及び被申立人の支部東京都済生会中央病院を原告とし、申立人を被告とする当庁昭和五一年(行ウ)第二〇六号不当労働行為救済命令取消請求事件の判決確定まで、被申立人は、申立人が被申立人の支部東京都済生会中央病院に対して昭和五一年一一月一六日付でなした都労委昭和五一年(不)第八一号事件の不当労働行為救済命令主文第一項に従い、全済生会労働組合中央病院支部所属の組合員に対し、昭和五一年度賃金引上を昭和五一年四月一日に遡つて実施しなければならない。

(四) 然しながら右緊急命令は、後記の如く種々の点で違法なこと明白な救済命令の内容を、そつくり全面的に履行するよう命令されているが、いかに緊急命令が暫定的処分であるとはいえ、このような重大・明白な違法(しかも単なる事実誤認でなく、憲法及び労働法に牴触する違法)を含む救済命令は、たとえ緊急命令の形でも、これが履行を命令されるべきものではないので、抗告申立人は直ちに緊急命令の取消申立を東京地方裁判所(原審)に行つたが、原審は別紙添付の加き、理由にならぬ理由を掲げて取消申立を却下した。そこで本件即時抗告申立に及ぶ次第である。

二 原決定の違憲・違法

(一) 救済命令の違憲・違法

(1) 東京都地方労働委員会の救済命令(別紙添付)は、違憲・違法な内容である。その詳細は後に抗告理由補充書を以て詳述するが、端的にいえば使用者たる抗告申立人の意思によらず、又はその意思表示を無視して抗告申立人の財産を奪う内容の救済命令である。即ち、昭和五一年度賃金引上要求をめぐる交渉過程に於て、抗告申立人は前提条件(妥結日より実施という条件)が充たされる場合には或る金額の賃金引き上げを実施するという回答を為した。斯かる場合前提条件と賃金引き上げ金額とが一体をなす不可分一個の意思表示であることは、一般的にも自明であるのみならず、実施時期の不明の金員支払いというものはありえないから両者が不可分一体の内容であることは一層明確である。而して賃金引き上げは、引き上げが実施されるならば、引き上げられた差額分だけ使用者からの金員出捐が増大するのであり、金員の支出は使用者の有する財産の処分行為であるから、いかなる場合でも労使の合意(使用者の承諾)があつてはじめて実施され得るものであることは自明の理である。

(2) 然るに本件の場合、使用者からの右前提条件つき金額回答に対し、労働組合は回答金額の方は妥当としたが、前提条件は承知できないものとし、右前提条件を除く無条件で右金額を支出すべきであるという態度を表明した。このように偶々金額面では双方の主張が一致しているように見えても使用者は条件付でその金額を出すと意思表示し、労働組合は無条件でその金額を出せと意思表示しているのであるから、両者の間に意思の合致が存在しないのは明白である(ちなみに東京都地方労働委員会の救済命令書も、「今日に至るも全面的妥結に至つていない」(命令書七頁(イ))と認定している。)。

(3) それにも拘らず驚くべきことに、東京都地方労働委員会の救済命令は、右労使の応答の中から、偶々金額部分のみ合致した点を切離して取り出し金額に於て合致しているのだから、この金額通りの賃金引き上げを実施せよという救済命令を発したのである。斯くして本件救済命令は、使用者が労働組合の要求(無条件支払い)に合意をしていないにも拘らず、使用者の意思によらずしてその財産中から右賃金引き上げ額の支給を命ずるという使用者の意思の自由と、財産権不可侵の自由とを侵害する命令なのである(換言すれば、使用者の表示した条件付での金員支払のうち、条件の部分に関する使用者の意思を、全く無視したとも云える。)。

(4) 更にいえば、このように使用者の承諾の意思表示をまつことなしに、使用者の懐中から勝手に金員を引き出させるものであるならば、賃金引き上げは労働組合の要求だけあれば、それで足りることとなり、本来労使間の合意に到達する為に行われる団体交渉も不必要に帰するに等しく、これでは団結権・団体交渉権の軽視とすらいえるものである(ちなみに、労働委員会における不当労働行為救済申立事件に於て、使用者が賃上げ要求に何らの応答もせず要求を無視したような、極端な団体交渉拒否の不当労働行為が認定された場合でも、救済命令の内容は、使用者が労働組合と誠実に団交を行い、合意に達するような努力することを命令するのみであり、直ちに労働組合の要求額通り支払うよう使用者に命令するようなことは全くありえない。これを本件と対比すれば、本件救済命令がいかに破格、異常な命令であるかが容易に看取されるであろう。)。

(二) 緊急命令の違憲・違法

右の如く本件救済命令は、憲法第二九条及び第一九・一三条に定められている使用者の財産権不可侵及び意思表示の自由を、正面から侵害した点で、単なる労働組合法違反・権限踰越の違法に止らず、違憲の命令である。

斯様に違憲という重大且明白な瑕疵のある救済命令は、行政処分が本来有すべき適法性の推定その他の効力を有するものではなく、従つて緊急命令にも親しまないものというべきである。

そこで本件緊急命令申立に対し、抗告申立人は右の理由をあげて不当を主張したが、原審は緊急命令を発せられた。右緊急命令は、救済命令の内容を全面的に履行を命じた点で、結局右救済命令のもつ違憲・違法性をそのまゝ継承したものといえる。

(三) 原決定の違憲・違法

(1) 原審が、右の如き違憲・違法の救済命令を全面的に支持する違憲・違法の緊急命令を発したので、抗告申立人は直ちに原審に緊急命令取消申立(昭和五二年(行ク)第三二号)を行つた。これに対し原審は、抗告申立人の「主張は違憲をいう部分も見受けられるが、その実質は本件救済命令と、これに従うことを命じた緊急命令の違法をいうに帰するものと解せられる」と為した上、本件の実体に関しては「今後本案の審理判断に俟つべきものというほかはない」「現段階においては……救済命令の主文が一応理由づけられると見得る」との判断に立つて、取消申立を却下している。

(2) 取消申立の却下決定は、「救済命令の主文が一応理由づけられると見得る」と判断することにより、前掲した救済命令及び緊急命令の違憲・違法な内容をそのまま容認し継承したという点が第一の問題である。即ち原決定は、本件五一年度賃金引上交渉において労働組合が「額について同申立人の提案を受諾したにも拘らず、賃上実施時期についての提案を受諾しなかつたとして、同申立人が賃上げを認めなかつた」という点につき、斯かる明白な意思の不合致という客観的事実を、何ら顧慮することなく(「そのことの合理性、その時期について従来の慣行を変えることの合理性等が問題となり得ると考えられる」などと、全く焦点の外れた論議をするのみで)、それにより使用者の財産権と意思の自由が侵される事態を容認したのは、前記憲法の法条に牴触するものである。

(3) そもそも却下決定は、抗告申立人の主張に対し、「違憲をいう部分も見受けられるが、その実質は……違法をいうに帰するものと解せられる」などという解釈をしているが、これは抗告申立人の主張の誤解でなければ、憲法判断の逃避であるという他はない。使用者の意思(処分行為)によらずして、又は使用者の表明した意思を無視して、金員支出を強いられその財産を奪われることは、単なる違法たるに止まらず、まさに憲法第二九条の規定そのものに牴触する行為であり、その点の指摘は決して単なる違法主張に帰するということはできない筈である。

のみならず本件は、地方労働委員会という行政庁、公務員の行政命令行為によつて、右の如き使用者の財産権の侵害が生じた事案である。従つて民法第九〇条等を介し間接的にしか憲法と結合されない一般私法関係におけると異り、行政庁、公務員は憲法第九九条に基き、直接憲法遵守の義務を負うものであるから、本件がまさに違憲そのものの問題であるのは明白である。原決定の判断はこの点で、スタートから誤つているという他はない。御庁に於て斯かる実体に即した御判断を仰ぎたく、本抗告に及ぶものである。

原審決定の主文及び理由

主文

本件申立を却下する。

理由

本件申立の趣旨は「当裁判所が昭和五二年(行ク)第七号緊急命令申立事件につき同年二月二二日付でなした緊急命令を取消す。」との裁判を求めるというのであり、その理由は別紙のとおりである。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

一 本件緊急命令は申立人社会福祉法人恩賜財団済生会(以下単に「済生会」と略称する。)に対して発せられたものであつて、申立人社会福祉法人恩賜財団済生会支部東京都済生会中央病院(以下単に「病院」と略称する。)が申立人済生会の一部に過ぎないかどうかの点を別にしても、同申立人に対して発せられたものではないので、同申立人がその取消を求める利益はないといわなければならない。よつて申立人病院の本件申立は却下することとする。

二 申立人済生会の主張に対して

1 その(一)の主張は、要するに当事者を誤つたことをいうと解せられる。確かに、本件救済命令が病院を相手方として発せられているにも拘らず、本件疎明資料によるも病院そのものが独立した法人格を有することはこれを窺い得ないばかりか、むしろ法人たる申立人済生会の施設、機関あるいは部門の一つに過ぎないと見られる位である。そうだとすれば、本件救済命令は当事者能力のないものを相手方とした違法があるかに見受けられるかもしれない。しかしながら、本件救済命令及び疎明資料によると、病院は申立人済生会の経営する総合病院であつて、病院の長たる院長が申立人済生会の代表権を有する理事と同一人であり、本件救済手続も申立人済生会として進めてきたことが窺われるので、これらの事実に徴するとき、本件救済命令は申立人済生会を当事者と表示する趣旨で病院を表示したものと見るに妨げない。また、このことによつて、同申立人が格別不利益を受けた跡も窺われない。従つて、この点に関する主張は理由がない。

2 その(二)乃至(四)の主張は違憲をいう部分も見受けられるが、その実質は本件救済命令とこれに従うことを命じた緊急命令の違法をいうに帰するものと解せられる。本件は昭和五一年度賃金引上交渉において全済生会労働組合中央病院支部が額について同申立人の提案を受諾したにも拘わらず、賃上実施時期についての提案を受諾しなかつたとして、同申立人が賃上を認めなかつたというのであつて、そのことの合理性、その時期について従来の慣行を変えることの合理性等が問題となり得ると考えられるが、この点に関しては今後本案の審理判断に俟つべきものというほかない。現段階においては東京都地方労働委員会のなした本件救済命令の主文が一応理由づけられると見得る以上、これに従うのが相当であるというべく、同申立人の主張は直ちに採用しがたい。

よつて、主文のとおり決定する。

(別紙)

その(一) 当事者を誤つた違法

社会福祉法人恩賜財団済生会(以下済生会本部という)にあつては、独立の法人格を有するのは済生会本部であり、済生会(以下都支部という)はその傘下の一支部としての組織、中央病院は支部の経営にかかる一施設である。前記救済申立事件につき東京都労委は、この一施設にすぎない中央病院に対して救済命令を発しているが斯様に単一法人の中の一施設にすぎない中央病院は独立の使用者たる資格がなく、右救済命令は使用者ならざる者を使用者として発せられた違法な命令である。しかも東京都労委による本件緊急命令申立も、中央病院のみを被申立人として申立てられている。それに対して御庁の本件緊急命令が済生会本部に対して発せられているのも、中央病院を使用者とは認めるに足らないことを御庁が承認された為であると思われる。然しながら、済生会本部が使用者であり中央病院が使用者と認められないならば、そのように使用者資格のない中央病院に対して発せられた救済命令は、使用者ならざる者に対する違法な救済命令として、(命令取消がなされるべきものであるし)、このような違法な救済命令の緊急履行を命ぜられるべきではない。

救済命令の当事者(被申立人)は、命令が確定した際それに違反すると労組法第二八条の刑罰を課せられることになる点からしても、その当事者が誰とされているかは極めて重要な問題である。しかも右刑罰は救済命令の当事者表示に従つて為されるのが当然であるから、救済命令における当事者表示の流用の如きことは絶対に許されるべきではなく、厳格にその表示自体に基いて判断がなされなければならない。それにも拘らず、当事者を誤つた違法な救済命令に基いてその緊急履行を命令し、しかも救済命令の当事者とされてもいず、本件緊急命令申立にすら当事者とされていない者(済生会本部)に対して、発せられた本件緊急命令は、それ自体まず当事者の点で違法なものであるから取消を求める。

その(二) 財産権侵害の違憲命令

本件救済命令は、その主文第一項に掲げられた昭和五一年度賃金引上げ要求に関して、「今日に至るも全面的妥結に至つていない」(命令書七頁(イ))という事実認定を為した(この点は客観的事実と合致している。)にも拘らず、この未妥結、未合意の問題について昭和五一年四月一日に遡つて実施することを命令し、本件緊急命令もこの主文第一項の履行を命令しているが、これはいずれも、違憲、違法な命令である。

右救済命令主文第一項(及び本件緊急命令)が命ずるのは賃金引上げ差額の支払であるが、その支払を為すのは命ぜられた使用者であるから、若しその支払がその使用者にとつて法律上義務でないものならば、使用者は義務なくして支出を強いられるという財産権の侵害を蒙る事となる。而して財産権の不可侵は憲法第二九条第一項の明定するところであり、これによつて私有財産は、その所有者の意志によらずして濫りに奪われることがないと保障されているのである。本件の場合、救済命令も認定するように、賃金引上げ差額に関しては、未だ労使間の合意が成立していないのであるから、これにつき労働者も請求権を有しないし、使用者も支払うべき義務を負わないものである。然るに右救済命令は、そのように使用者の義務なき支払を救済命令の名の下に強制することにより、使用者の財産権処分の自由(本件でいえば、賃金引上げ要求に対する諾否の自由)を侵害した憲法第二九条違反の命令であるが、斯かる主文第一項の履行を命じた緊急命令も、右の如き使用者の財産権侵害の結果を肯認する命令として、やはり憲法第二九条に違反するものであり取消を免れない。

本件救済申立手続に於て東京都労委が、昭和五一年度賃金引上げ問題について妥結の成立しないことが不当労働行為であると認定したとしても、(合意、妥結は元来労使二当事者間の共同によつて為され得る行為であつて、使用者単独ではいかに努力しても為しうるものではないから、妥結の成否自体は使用者の(単独でなしうる)行為を対象とする不当労働行為に親しまないものであり、未妥結の責任を使用者のみに帰するのは根本的に誤であるがその点は暫くおき、)その救済に当つては妥結の成立を促進すべき方策を命ずるのが限度であつて、それだからといつて直ちに、合意も成立していないものの支払を命令することは論理の飛躍・短絡に他ならず、そのような命令が、使用者の財産権侵害(義務なき支払の強制)を、合憲化しうるものでは到底ありえないのである。

その(三) 財産権侵害の違憲命令

本件救済命令は、行政命令として許される権限を逸脱し、行政命令権の濫用行為であるが、そのような違法な命令によつて使用者の財産権侵害がなされることは、憲法第二九条第一項の私有財産権不可侵に牴触するものである。本件緊急命令は救済命令による違憲の財産権侵害の結果を、現実に発生せしめんとする違憲の命令であるからその取消を求める。

本件救済命令主文第一項は賃金引上げ要求に関するものであるが、賃金引上げ要求は、権利争議(その行為の適法不適法、正当不当を裁判所・労働委員会が判断し得る争議)ではなく、労使当事者間の力関係により、交渉し合意に達することによつて解決すべき利益争議である。そのため賃金引上げ要求の係争を未妥結のまま裁判所・労働委員会に提訴しても、裁判所・労働委員会が“その賃上げは何円とすべきである”又は“その賃上げは何円とするのが正しい”などと判断し決定しうる問題ではない。而してその交渉が未妥結であるというのは、労使の力関係の上で、それがまだ解決に至らない(至れない)状態を示すにすぎない。

然るにそのような利益争議の問題を、労働委員会の救済命令という方法で解決することは、行政機関たる労働委員会が不当労働行為救済手続における行政権力を労使間の力関係に持込み、労働組合の力関係に助勢して使用者を圧到するのと同じことになるが、不当労働行為制度をそのような機能・目的の下で用いることは、救済制度の本質に外れ、行政権力の限界をこえた越権行為、行政権の濫用である。より平明にいえば、本件救済命令主文第一項のように、未妥結状態の下で労使交渉の過程に現れた“或る金額”の支払を命ずることは、“本件賃上げは右の金額とすべきである”と労働委員会が判断し決定したに等しい行為であつて、そのようなことは、利益争議を権利争議の手法で解決する越権行為であること一目瞭然である。使用者の財産権がそのような行政権の越権・濫用行為によつて侵害されることは、前記の通り憲法第二九条に違反する事態であるから、裁判所はそのような緊急命令申立を却下することによつて、使用者の財産権と憲法を守るべきであるにも拘らず敢て緊急履行を命じた本件緊急命令は、この点でも違憲の命令であるから取消を求める。

その(四)

賃金引上げ要求は使用者が有する私有財産の中からの支払を要求する行為であるため、使用者はその要求に対する回答、交渉に於て、回答の自由(財産処分の自由)を有し、零回答することも条件付回答することも自由である。而してそのように使用者が為した回答(条件付回答)に対し、労働組合が応諾しないため妥結が成立しないとき、その未妥結の内容を履行しなくても何ら不当労働行為が成立するものではないことは、東京高等裁判所昭和五〇年五月二八日判決(日本メールオーダー事件、労民集二六巻四五一頁)に明示されているところである。

本件救済命令は、斯様に全く不当労働行為が成立する余地のない行為に対し、不当労働行為の成立を認めて救済命令を発しているのであるから、その誤は重大且明白なもので到底救済命令としての実質的効力を有するものではない。よしんば当然無効とまでいうには足らないとしても、そのような救済命令は緊急履行に親しまないものと解すべきである。従つてかかるものに基いて発せられた本件緊急命令は取消されるべきである。

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